toremorの旅手帳

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【碓氷峠の今】文化むらにめがね橋…鉄道遺産とその未来

伝説的な信越本線の廃線区間

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碓氷峠越えの区間は66.7‰という当時国鉄の日本最急勾配を誇った。現在のJR最急勾配は40‰で飯田線に存在する。

北陸新幹線長野開業とともに廃線となった信越本線、横川ー軽井沢間。

この区間には片峠(片方の麓が反対側の麓より著しく高いか、低い峠)として知られている難所、碓氷峠を越えた鉄路がありました。

 

碓氷峠を越えるために特殊な方式で鉄道が整備、活躍したのちに廃線となってしまったので、一部の鉄道ファンからは「伝説扱い」されるほど人気があり、この路線の復活を夢見る人も少なくありません。

 

筆者も強い憧れを抱く人の一人ですが、今回はちょっとその気持ちから少しだけ距離を置くつもりで、現在の碓氷峠を見つめ直してみたいと思います。

 

 

碓氷峠を超える区間はバスに転換、乗客数は?

新幹線開業後廃線となった横川ー軽井沢間は、通称「碓氷線」と呼ばれていました。

当時の住民は廃線に強く反発しましたが、運行コストが高いこと、安全面の問題など諸事情が重なって、結局路線は廃止されました。

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軽井沢駅。旧信越本線の木造の屋根と新幹線の豪華な跨線橋。新しいものが古いものに混ざる雰囲気は、ほかの軽井沢の観光地にも言え「らしさ」があると筆者は思う。

 

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軽井沢駅から碓氷峠方面を見る。手前側のしなの鉄道(旧信越本線)の線路が奥の峠側まで続いている。

廃線後は横川ー軽井沢間でJRバス関東による路線バスが運行されています。

鉄道愛好家からは現在でも鉄道路線の復活を望む声も多いのですが、実際の横川ー軽井沢間を移動するバス利用者はどのくらいいるのでしょうか。

 

現在のように感染症の影響が出る前に、実際に軽井沢→横川間で転換されたバスを利用したのでご紹介します。

訪れたのはオフシーズンですが、休日の昼でした。

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JRバス関東によって運行される横川ー軽井沢間のバス。

このバスは軽井沢駅を出ると基本的に横川駅まで止まりません。

災害時の鉄道代行バスのようなイメージです。

道路では「碓氷バイパス」という碓氷峠とは離れた、別の峠道を通ります。

 

 

 

休日にはめがね橋(信越本線の旧線に使用されていた鉄橋。観光名所になっている。)を経由する別のルートで運行されることがありますが、最近ではめがね橋を回るルートで運行される日は減少傾向にあります。

 

観光名所を回るルートは道幅も狭く、渋滞もするので定時性を確保できないことが理由のようです。

 

直行便の乗客の数は軽井沢駅出発の段階で10人程度でした。

「碓氷線」をご存じなくても乗客10名なら確かに電車ではなくてバスでも…という気持ちになるかもしれません。

 

運賃は前払い式で片道510円。所要時間35分。

廃線前より運賃は高く、時間は10分程度長くなりました。

 

バスの本数は多くて一日9往復です。

本数が少ないイメージがありますが、これは廃線前の碓氷線の普通列車の本数より多いらしいです…。

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碓氷バイパスを走る路線バス。バスに乗っても相当な高低差を感じることができる。

実際、現役だった頃の碓氷線の普通列車の乗客もかなり少なかったようです。

また、これは後にも述べますが、碓氷線は普通の鉄道と比べて運行に莫大なコストがかかっていました。

ある意味廃線は仕方なかった部分もあったように思えます。

 

 

碓氷線の「鉄道遺産」としての価値

信越本線は以前にご紹介したように大変歴史ある路線です。

その中でも難工事だった横川ー軽井沢間の碓氷線の区間は、峠越えのための特殊な技術が使われたことから、日本の鉄道史上の価値としても高いものがあります。

 

www.toremor.work

 

ご存知の方も多いかもしれませんが、碓氷線には開業当初の路線と、後から改良してつくられた路線があります。

 

遊歩道、観光地としての整備

開業当初の路線(旧線)は、鉄道マニアでない方にも親しまれているかもしれません。

レンガ造りのトンネルや橋で構成されていて、観光名所「めがね橋(碓氷第三橋梁)」もその一部です。

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碓氷第三橋梁(通称:めがね橋)。観光地としても人気がある。

この橋の上の方まで上がることができ、旧線の一部は遊歩道として整備されています。

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めがね橋の上からの景色。眼下に国道18号旧道の碓氷峠、反対側には新線の橋梁も見える。架線も現存。

ただ、実際に訪れてみると遊歩道を歩いてめがね橋から離れるという観光客は稀です。

歩いた先にこれといった観光施設がないというのが原因かもしれません。

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めがね橋から先はレンガ造りのトンネルがいくつも続く。

実際は遊歩道が約1.5km先の旧熊ノ平駅という廃駅まで続いていて、トンネルの構造の違いや廃駅の雰囲気を味わうとさらに楽しむことができます。

熊ノ平駅では鉄道マニアの人気が高い「新線」の方にも近づくことができる点も魅力です。

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旧熊ノ平駅。レンガ造りの旧線トンネルとコンクリートの新線トンネルが一度に見られる。手が加えられているため保存状態も極めて良い。

凄く話が脱線しますが、架線柱(電線を張る電柱)がカラフルに塗られているのは、JR高崎支社特有のもので、運転士が重りの位置を目測するためなんだとか…

 

こちらを訪れたのは平日でしたが、新線の廃線を歩くイベント「廃線ウォーク」の真っ最中でした。(写真下のザックは参加者のもの)

このイベントは意外と鉄道マニア以外にも人気があり、各地の廃線ブームの火付け役にもなったとも言われています。

 

この近辺の鉄道施設の驚くべき点は、保存状態がいいということです。

普通、廃線した線路は架線や線路もはがすことが一般的ですが、特に新線の方は綺麗に維持されています。

 

これは自治体の観光課や周辺の方が管理し続けていることで成り立っていているのです。

 

シミュレーター解禁!貴重な展示の碓氷峠鉄道文化むら

横川駅の隣、旧横川運転区には鉄道の博物館「碓氷峠鉄道文化むら」があります。

信越本線横川ー軽井沢間に関連する展示や、そうではないけれど貴重な展示もあり、鉄道マニアからすればかなり豪華な博物館です。

 

専用機関車EF63(後述)が動態保存されていることも特徴です。

 

また、以前から故障で使えなかったり、リニューアルしたり、感染症拡大のあおりを受けたりでなかなか体験できなかったシミュレーターが、最近体験できるようになりました。

 

冒頭で熱い思いを抑えると言いましたが、少しだけここは撤回。

 

ここで、あまり詳しくない方のためにちょっと予備知識を(知っている方は飛ばしてください…)……

 

鉄道は基本的にツルツルの車輪でツルツルのレールの上を走るので、摩擦が少ない乗り物です。

そのため、急な坂道ではすべってしまい、鉄道は他の交通機関と比べて非常に勾配に弱い特性を持っています。

 

先ほど碓氷線には新線と旧線があると言いましたが、急な勾配を超える必要があって、どちらも特殊な運転方式で運転されていました。

 

旧線の方は「アプト式」と呼ばれる、鉄道の二つのレールの真ん中を歯車をかませて登ったり降りたりする方法で運転されました。

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車輪の間にある歯車をかませて進む。

 

確かにこれで車両は滑りにくいのですが、乗り心地が悪く、ゆっくりとしか運転できない(自転車くらいのスピード)というデメリットがあります。

当時大動脈であった信越本線はこれでは乗客を賄いきれなくなりました。

 

そこで1963年に新線を建設して、以前のように歯車を使った方式ではなく、普通のレールを使った方式に変わりました。

 

しかし、通常の車両だけでは碓氷峠をの急勾配を登ったり降りたりできなかったため、普通の電車であっても坂の下側に機関車を2両連結することになりました。

この時に使われた機関車はEF63という碓氷峠専用のもので、「峠のシェルパ」の愛称で親しまれました。

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当時の信越本線の特急に使用された189系(左)と碓氷峠専用機関車EF63(右)。

本題に入りまして、碓氷峠鉄道文化むらではEF63が動態保存されています。

金額を支払い(初回講習3万円、一回の運転で5000円)運転講習を受ければだれでも本物を運転することができます。

運転を指導してくださる方は実際にEF63の運転士だった方もいるらしい…

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運転体験は人気があり平日でも行われる。1回目は初回講習を受けたあとに乗車できるため、1泊する必要がある。

「そこまではできない」という方も、EF63を丸々一両使用した本格的なシミュレーターで運転を体験することができます。

1プレイ1000円と高額ですが試す価値が十分にあります。

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EF63シミュレーター。ちょうどEF63の顔が隠れている状態。

 

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EF63丸々1両がシミュレーターとなっている。

 操作する部品類はすべて本物(というかEF63にシミュレーターをくっつけたという方が適切)。

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汽笛吹鳴もできる。

ブレーキ音は本物を収録したもので、警笛も鳴らせます…これは心躍りますね~

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シミュレーターはかなり本格的。

運転できるのは横川ー熊ノ平間のノーカット13分。

推進運転と言って、「坂の下側から車両を押す」運転をします。

おそらく全国でここだけ、後ろに向かう運転シミュレーターです…そもそも機関車のシミュレーターも珍しい部類に入ると思います。

 

写真三枚目が車でいうところのアクセル、二枚目がブレーキです。

ブレーキは2系統あって、単独ブレーキ弁は運転する機関車だけに、自動ブレーキ弁は編成全体にブレーキがかかります。

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丸山変電所付近を通過。

最初はマスコン(アクセル)操作だけなのでゆとりがありますが、ブレーキが難しいのです…

手に汗握るシミュレーター、最後は無事に停車できましたが、結構慣れが必要です。

 

このほか、休日には実際に使用されていた急勾配区間のある線路を走るトロッコ列車があります。

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その名もシェルパくん。

こちらは先ほどシミュレーターで登場した丸山変電所付近の様子。

近年このトロッコは延伸されて、峠の湯という日帰り入浴施設まで行くことができます。

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旧信越本線を利用したトロッコ列車は、その急勾配を車両の中から体験することができる。近年延伸された。

乗車していると実際かなりの勾配を感じます。

休日にしか運転されないのが残念ですが、あまり乗客はいませんでした…寂しい…

 

実際この施設の入場客というよりも、愛好家の方の支援によって成り立っている、少し変わった施設です。

逆にそこまで愛されている施設だとも考えられますが、いかんせんアクセスが大変なので…難しいところです。

 

このほかの碓氷峠鉄道文化むらの展示も実はかなり貴重なのですが、膨大なのでまたの機会にご紹介します。

色褪せない日本随一の駅弁、「峠の釜めし」

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横川駅の隣にある、峠の釜めしを販売する「おぎのや」の本店。

横川駅は碓氷峠を鉄道で越えていたころ、機関車をつないだり切り離したりする重要な駅でした。

 

機関車の連結、切り離しの時間、お客を乗せた列車は止まったままですから、この時間を利用して駅のホームで駅弁の立ち売りが行われていました。

 

その時に販売されていたのがこの「峠の釜めし」

駅でこの釜めしを買って、車内で食べる…という文化が定着していきます。

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当時「横軽」を駆け抜けた特急「あさま」に使用された189系の車内で食べる峠の釜めし。この車両はリニューアルされていて備え付けのテーブルがあるが、オリジナルは設置されていなかったため、窓のスペースに釜めしを置いていたらしい。そのため窓ガラスに「峠の釜めし」の縁によって擦れた跡があるといわれているが、この目で見たことはない。

容器は益子焼でつくられ、栗や鶏肉、うずら卵や椎茸がのっています。

具の下には昆布だしで炊いてあるご飯が入っていて、なかなか美味。

「温かくして食べる」ことを念頭に入れてある、珍しい駅弁です。

 

因みにこの釜めしの益子焼の容器、ほかのブログで多数紹介されているように家でこれを使ってご飯が炊けます。

 

めんどくさいという方、ご飯を1から炊かなくても、この容器に炊き込みご飯を入れてチンしても結構おいしいですよ~

 

峠の釜めしは碓氷線が残っていた時代から人気の駅弁だったのようで、「駅弁を買えるようにするために横川駅で長時間停車していると勘違いしている人がいた」という有名な逸話が残されています。

 

しかし碓氷線が廃止された今でも、横川駅の構内で駅弁売りの「釜め~し!」という声が響いた時代を知らない筆者の世代でも、これが名物であると認識されているというのは、よく考えれば凄いことです。

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日本随一の駅弁と評された横川駅の駅弁「峠の釜めし」。現在でも横川駅近くの店舗でいただくことができる。

実際に「峠の釜めし」は、横川駅の本店だけではなく、周辺のドライブインやSAで購入することができ、時々都内のスーパーやデパートでも売っています。

最近京王線八幡山駅の近くにも出来たらしいです。

 

かつてから、実は横川駅以外でも販売されていたらしく、ドライブインでは上の写真のように、店内で食べることもできたそうです。

 

この駅弁が「メインであった駅での立ち売り」が廃止されてからも生き残った理由は、

単純においしいからだけではなく、廃線前から幅広く店を展開していて、現在でも名物として観光客に親しまれているからだと考えられます。


 

「観光路線として復活」説は課題山積?

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 時折、「横川ー軽井沢間に観光列車を走らせて復活させる」という計画ができたり消えたりしています。

 

確かに、廃線跡は丸山変電所にめがね橋、最終的には軽井沢へ至るので、つながれば観光コースになる可能性はあります。

 

ただ、

  • 碓氷峠鉄道文化むらの経営状況を見るにそこまでの資金的な体力がない
  • そもそも日常的に碓氷峠を越える需要が少ない(バスの現状から)
  • 碓氷線新線を観光路線にするにはトンネルも多く、マニア以外が楽しめる工夫も必要
  • 難所であることには変わりなく、おそらく運営に多額な経費が掛かる
  • 群馬県、長野県と県境をまたぐので自治体の足並みをそろえる必要がある
  • 横川駅に行きにくい(高崎から在来線へ乗り換えなくてはならない)

など課題は山ほどあります。

 

一方、廃線跡で普段は入れない区間をウォーキングして楽しむツアーが人気を博したり、レールバイクという、自転車のようなものを線路に走らせる計画ができたりと、

多くの人から愛された路線であるからこそのアイデアが生まれています。

 

多くのアイデアから、現実的でありながら人が集まるようなプランができたら嬉しいですね。

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峠の釜めしを販売するおぎのや本店前の排水溝は、アプト式時代のレールを再利用している。

 

 

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