toremorの旅手帳

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高山まで結ぶはずだった?壮大な北アルプス横断計画【松本電鉄上高地線の謎②】

松本電鉄が「盲腸線」となっている謎

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ターミナル駅「新島々駅」は中途半端な位置にある。

前回、高額鉄道としてご紹介した「松本電鉄上高地線」

「上高地線」といっても上高地まではつながっていませんし、終着の「新島々駅」は「島々」という地名にもありません。

 

上高地線は中途半端な位置に終着駅があり、上高地などに行く人は終着駅でバスに乗り換える必要があります。

この路線もいわば盲腸線です。

 

今回は終着の新島々駅から先、かつて線路が続いていた跡を辿って「島々駅跡」を目指します。

そしてこの路線が建設された背景にある、壮大な計画を見ていきます!

 

前回↓

www.toremor.work

 

 

 

上高地線に乗車!

新島々駅の先、島々駅跡に向かう

さて、新村駅から先、新島々駅方面はのどかな田園風景が広がります。

とちゅう段丘を登ったり降りたりしながら進みます。

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車窓からはのどかな田園風景が広がり、山が迫ってくると新島々駅に到着する。

新島々駅の手前にはこんな看板が…

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中部縦貫道(高速道路)の建設促進の看板。

これは何かというと、松本から高山、そして福井に通じる高速道路の計画で、松本周辺では「安房トンネル」だけが開通しています。

この看板の手前側が用地になっているようですが、開通はあと何十年先か分かりません。

 

終着の新島々駅に到着。

片方は留置線として使われているようで、基本的に片方のホームにしか営業列車は入りません。

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新島々駅に到着。

バスターミナルこそ大きいですが、終着駅にしてはずいぶんとこじんまりとしたホームです。

 

新島々バスターミナルは、上高地や乗鞍・白骨温泉方面のバスの乗り換え地として、本来ならば夏季は賑わいを見せます。

今年は便数も少なく、なおかつ今はオフシーズンなので乗鞍のスキー場などに行く限られたバスしか発着しません。

 

上高地も乗鞍の山頂付近も、マイカー規制がされているので公共交通機関でこれらの地へ行くためにはここでの乗り換えがほぼ必須になります。

 

新島々駅の先、「島々駅」までの廃線跡を歩く

ところでホームの先、新島々駅より高山側を覗くと、線路に終着駅の雰囲気はなく「まだまだ先もありますよー」と言っている感じがあります。

これはあやしい。

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新島々駅の先にはまだまだ線路が続いている。

怪しいので、この線路の先まで行ってみましょう。

新島々駅の先、かつて約1.5kmの島々駅まで線路がつながっていたのですが、利用者数の減少と土砂崩れの影響で廃線になりました。

 

100mくらいでしょうか、新島々駅から先続いていて、時々中途半端な架線柱の更新を見ることができます。なんだこれは…

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新島々駅の先の線路は留置線として使われていたこともあるらしい。

途中から線路がはがされていて、農道のようにつながっています。

これは間違いなく廃線跡の雰囲気。

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しばらく廃線跡が続く。

しばらく連続して廃線跡が見られます。

架線柱が電柱と思われる木造の柱がいたるところに残っています。

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架線柱か電柱の跡?

途中では、ここが廃線跡であることを決定づける大きな遺構が見られます。

鉄橋の跡です…

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鉄橋の跡も残る。

しかし、一区画だけ完全に跡形もない部分があります。

この部分が土砂崩れの被害を受けた場所と思われます。

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一区画だけ線路の跡の雰囲気がないが、ここが土砂崩れの跡だと考えられる。

かつての終点、島々駅の跡に近づくと廃線跡は不明瞭になります。

線路跡が国道158号に転用されているためです。

 

かつて駅舎があったと思われる場所に到着。

確かに不自然に空き地があります。

道路が線路とホームの跡で、空き地は駅舎と駅前の広場の跡と考えられます。

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かつて駅舎があったと思われる空き地が駅舎跡、道路がホーム跡である。駅舎があったころの写真にも左手の「山麓島々館」が写っているのでほぼこの場所で間違いないだろう。

「山麓島々館」と書かれた建物には面影が残ります。

看板に注目すると、かつてのホーム側に(今では道路と平行に)看板が並んでいます。

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道路と平行に掲げられている看板。

空き地の反対側は、当時のメインルートだった国道158号の旧道に面しています。

そちら側にも看板があり、当時ここに「島々駅」があったことが分かります。

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当時の駅前通り側にある看板。「しましま」駅と書いてある。

看板に書かれている観光地までの所要時間は現在の所要時間の約2倍…

改良が進んだことが分かりますね~

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現在の主要観光地までの所要時間。

駅の向かいにはかつてバスの転換所があった跡がそのまま残っています。

この駅前のスペースが狭い(新島々駅にバスターミナルを作った方が広いし便利だった)ことも、当駅が廃止された理由の一つのようです。

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バスの待合所も残っているが、新島々駅のバスターミナルより圧倒的に狭い。

かつてのターミナルにしても狭い島々駅。

この集落は「島々」ではなく「前淵」という別の集落です。

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かつて商店が並んでいた気配があるが、現在はほぼ閉店している。

島々という地名は、かつて上高地までのアクセスとして使われていた「徳本峠(とくごうとうげ)」の麓にある集落の名前ですが、そのブランドから名前を取って「島々駅」と名付けたとかなんとか…

 

新島々駅の前にはかつての島々駅の駅舎を、一部元の部品を使用して再現されていますが、こちらも廃墟状態で取り壊されるという噂もあります。

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新島々駅の前にある島々駅を再現した建築物。かつて観光案内所として使われたそうだが、現在は全く使用されていない。もったいない。

「盲腸線」の謎

上高地線はもともと松本ー高山を結ぶ計画だった

そもそもなぜ「新島々」や「島々」駅という中途半端な場所に終着駅があるのでしょうか。

これは結果的に「松本から高山までの鉄道の一部」が開業しているからなのです。

 

大正11年の鉄道敷設法に記された予定線の第59号には…

「長野県松本ヨリ岐阜県高山ニ至ル鉄道」

と記されています。

 

これはおおまかに松本から島々を経て平湯へ、そして高山へと至る、現在の国道158号に沿って北アルプスを横断するルートを通ることになります。

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新島々駅と島々駅、建設予定だった「龍島」の位置関係。

筑摩鉄道は大正5年に松本ー龍島間の免許を得て、大正10年に新村駅まで、大正11年には島々駅まで開業しています。

龍島とは、それこそ「島々」集落の向かい側にあるエリアで、近くに当時の上高地の玄関口(徳本峠の入口)がありますから、なんとなく許可される理由も分かります。

 

「島々ー龍島間は建設費の増大や利用が見込めなかったので、とりあえず島々まで開業した」という説が濃厚で、確かに島々より先は地形が急峻なので理解できます。

 

一方別のルートで建設しようとした動きもありました。

松本の南側、木曽地域の「開田村誌」には、建設が進まない松本ー高山の路線の代わりに、中央線木曽福島駅と高山本線久々野駅を結ぶ「信飛鉄道」というこれまた大胆な代替案を提唱したそうですが、残念ながら却下された旨が書かれています。

 

しかし、その後も建設が進むことはなく、現在に至ります。

出ては消える延伸計画と立ちはだかる壁

延伸計画①「信富鉄道」

1984年に開業した国鉄神岡線と、松本電鉄上高地線を繋げて松本から富山まで直通させるという計画です。

 

厳密には初期の松本ー高山間のルートを変更して、平湯から現在の新穂高温泉を経由して神岡に至るという代替案と、その後神岡線開業時に住民によって起こされた運動と、2回検討されましたが、どちらも計画として動くことはありませんでした。

 

現在は国鉄神岡線も、その後に受け継がれた第三セクターも廃止されてしまいましたが、「奥飛騨温泉口」駅で「まぼろしの信飛鉄道」としてこの計画が紹介されています。

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旧国鉄神岡線から受け継いだ神岡鉄道神岡線。Kone from jawp - ja:file:神岡鉄道KM-100形.jpg on jawp, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1420444による
延伸計画②「上高地登山鉄道」

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上高地河童橋付近の撮影スポット。筆者はシーズン最後(11月)の午後が空いていておすすめである。

これは近年まで松本市内で提案されていたもので、国道の安房トンネル建設以前に深刻だった渋滞を解消するため、上高地の手前にある沢渡(さわんど・マイカーできた人が専用のバスに乗り換える拠点)から上高地まで直線的なトンネルを作って鉄道を走られるという計画でした。

 

ところがこの計画、実現しても新島々駅ー沢渡間でバスや車に乗り換えなければなりません。

 

そこで提案されたのが、「新島々駅から大深度地下で上高地までトンネルでつなぐ」というもの。

計画には「環境にやさしい」とか「のんびり汽車旅」などど記述されていますが、果たしてどうなのか……

 

その後安房トンネルが開通上高地へ向かう新釜トンネルの開通などで国道の渋滞が解消、当初の目的は渋滞解消だったので下火になっていきました。

www.kamikouchi.info

 

おまけ「国道158号と中部縦貫道」

鉄道はほとんど計画が頓挫していますが、同区間を結ぶ高速道路「中部縦貫道」が、一応計画がされています。

松本ー高山間の国道は交通量が多いのにも関わらず「酷道」で、幾たびもの改良がなされてきましたが、現在でも難所です。

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国道158号には大型バスのすれ違いに苦戦するほどの狭いトンネルや、ダムの天端を走る道路が存在する。

2020年現在、松本から島々の手前「波田IC」までの建設が整備計画に入り建設が進む予定です。

一方それ以外の区間は建設のめどが立たず、現道を改良して対応する可能性もあります。

www.pref.nagano.lg.jp

なぜ計画は頓挫するのか…

建設が進まなかったのは、言うまでもなく地形が急峻であったことに加え、大変もろい地質で建設が困難であるからです。

地質図というどんな地質が広がっているのかを示す地図を見ると…

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「松本から高山に至る鉄道」の建設予定地周辺には活断層や活火山、温泉による変質が連続する大変危険で脆い地質となっている。

 

黒で強調している部分が、計画路線に平行する国道(白線)の近くにある活断層です。

この辺りには活断層の中でも大きなものが通っていて、近くでは温泉も湧出しています。地層がグサグサなんですよ…

そして長野県と岐阜県の県境、現在の安房トンネルには活火山が聳えています。

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当然活発な地殻の運動があることの恩恵もあるわけで、温泉を楽しむことができるのもその一例。写真は上高地手前にある秘湯「坂巻温泉」の露天風呂。

トンネルは地質が固ければ固い方が建設しやすいので、こういう「グサグサ」の地帯にトンネルを通すのはものすごく難しいのです。

なおかつ火山のガスの危険とも隣り合わせ…北アルプスの高い山々の存在よりも、地質上の理由の方が大きいような気がします。

 

現に安房トンネル採掘の際は、火山のガスが噴き出し、作業員4人が立ったまま亡くなるという大惨事になったことがありました。

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建設される予定だった安房峠道路の橋脚。水蒸気爆発事故でこの橋脚は使われなくなり、現在の新ルートに変更になっている。

道路も早く改善してほしいですが、今後もいくつもの困難が待っていると思われます。

 

まとめ

以上、松本電鉄上高地線のご紹介でした。

1回目は高額鉄道、2回目は盲腸線の謎という2つの側面を見ていきました。

 

こういう地方路線って廃止されがちですが、現在でも運行されているという点でも面白いですね~

最近では利用者もわずかですが増加傾向にあります。

今後上高地線がどのような変貌を遂げるのか期待して、このシリーズを閉めようと思います。

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松本駅に到着する復刻塗装の車両。