中央線鉄道唱歌にこんな一節がある。
〽心なぐさむ更級や 姨捨山にてる月は 秋は田毎にうつろいて 四郡の平野朧なり
さてこの「田毎の月」。
皆さんどんなイメージをお持ちだろうか。
すべての田んぼ一枚ずつに同時に月が映る?
いやそんなことない…?
どっちなのでしょうか?
日本三大車窓、姨捨駅の案内板を見てみよう
いや、こんな風には見えないんですよ!
せいぜい3枚の田んぼに前後に映る感じ。
実際の写真はないのが残念ですが、本当に田んぼ一枚ずつ同時に月が見えるなら、
太陽が当たっていても同じように田んぼ1枚ずつ太陽が反射するはずです。
そんなことないでしょ?
洗面所の三面鏡みたいに田んぼが傾いていない限りそんな風には見えません!
これは嘘だ!!というのもちょっと違う
「うそを書くのは良くない!直ちにJR東日本長野支社に…」
というのはやめてください。そうじゃないんですよ。
時間の経過を考えれば、月の映る位置は変化するわけです。
またちょっと歩いて移動すれば月が映る田んぼだって変わります。
そういう時間軸や位置の変化を味わって鑑賞したもので、
目の前に広がる美しい景色があること、あるいは
近くにある神聖なもの、「長楽寺」との関係で、
「田毎の月」という一種のファンタジーになったのではないか、と筆者は思います。
そもそも姨捨山ってどこの山なのか
「信濃の国」という県歌でも「月の名に立つ姨捨山」とありますが、
どこの山なのでしょうか。
江戸時代以前は、冠着(かむりき)山という山を指していて、
姨捨伝説にでてくる山はこちらです。
ところで、姨捨伝説の趣旨も「老人を捨ててかわいそうな話」ではないです。
これも誤解!
話の結末は、「老人を大切にしようという話」なんですよ。
詳しくはこちら。
ところが江戸時代以降、「姨捨山」は棚田のある長楽寺周辺に場面が移ります。
善光寺からのアクセスの良さ、またその風景の良さから多くの文学作品にも登場するようになりました。
このように時代によって「姨捨山」が指している地域が異なるのです。
まとめ
- 田毎の月は田んぼすべてに同時に月が映るわけではない
- 田毎の月は「心」で感じるもの
- 姨捨伝説は高齢者を捨てる話ではない
- 「姨捨」といっても時代によって舞台が異なる
いろいろとうんちくがありますが、それは景色を見てからのお話。
「姨捨駅」は最近では「四季島」も停車する駅になりました。
百聞は一見にしかずですから、ぜひその景色をご覧になってはいかがですか?