toremorの旅手帳

鉄道と旅行と温泉と。大学生の放浪の様子をご覧ください。

【ホームまで階段300段】モグラ駅筒石駅は駅の外も異世界?

ホームも異世界のようですが…

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筒石駅のホーム。頚城トンネルという長いトンネルの中にある。

日本海沿いを走る、えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン(旧北陸本線)。

新潟県の糸魚川と直江津の中間付近にある筒石駅は、トンネルの中にホームがある「モグラ駅」となっています。

 

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「トンネルの中の駅なら地下鉄にあるでしょ!」と思うかもしれませんが、実はそれとも雰囲気の違う異世界空間があるのです。

 

さらに、実は筒石駅の外側、筒石の集落には時間が止まったままの空間が広がっています。

今回は駅の中も外も異世界体験ができる筒石駅のご紹介です!

 

 

かつては地上駅だったものの、トンネルの中へ移転

トンネルの中にある、えちごトキめき鉄道日本海ひすいラインの筒石駅。

かつてはこのような場所ではなく日本海沿いを走っており、筒石駅も地上にありました。

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旧線の筒石駅があったとされる場所の周辺。ほぼ面影はない。

国鉄時代、需要が伸びていた北陸本線(現:えちごトキめき鉄道日本海ひすいライン)は列車の本数を増やすために電化・複線化を進めていました。

 

その際、防災や高速化の観点から筒石駅付近を海岸から離れた山間に、真っ直ぐな長いトンネルを掘って抜けるルートが採択され、住民との合意の結果トンネル内に駅が移転することになりました。

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現在でも日本海沿いの旧線の橋脚や線路跡が残る。

 

モグラ駅「筒石駅」の全貌

シンプルな造りの駅舎

現在の筒石駅は、ほぼ山の中にある秘境駅と言っても過言ではありません。

山間の集落へ通じている道からそれていくと、こじんまりとした駅舎があります。

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筒石駅の駅前には何もない…

何もありませんが確かにこの道路の脇にある小さな柵に近づいてみると、1969年につくられた鉄道用の設備であることが分かります。

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しっかりと刻まれた1969の文字。

駅舎に入ると小さなスペースがあって、時刻表や駅ノート、駅スタンプなどが置かれています。

筒石駅のモグラ駅としての知名度は、土合駅などに比べると劣りますが観光として訪れる方も多いようで、駅ノートの更新頻度は高めでした。

 

かつて筒石駅では「18きっぷの赤券」と呼ばれる非常に珍しいきっぷを購入することができたことで鉄道ファンの間で有名でしたが、2019年から無人化され現在では購入することはできません。

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駅舎はこじんまりとしている。本数は1時間に1本程度。

ホームへは約300段の階段を降りるしかありません!

さて、ホームに向かいます。

普通の駅でしたらすぐにホームに行けますが…この先には異世界空間が待っています。

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駅舎を出るとまず、仕切りがある。これはトンネルの風よけとして機能している。

ドアの先にあるこの迷路のような造りは、地下深くにあるトンネルからの風をよけるためのものです。

そして反対側には…

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ホームへと続く階段。

緩い階段を進んでいきます。

歩行者は突き当りを左に進みますが、通路脇を流れる水は直進していきます。

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歩行者は突き当りを左に進むが、このトンネルはさらに真っすぐ進んでいる。

人の入れない直進方向のトンネルの先、穴から覗いてみると…

水が先まで流れていっていることが分かります。

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水路としてトンネルは続いている。

ここまでの区間のトンネル、よく本線のトンネルを工事する前にトンネルの途中まで斜めに掘り進める「斜坑」と呼ばれるものと造りがそっくり……

あとから調べてみると、これは本当に斜坑としてつくられ、そのまま駅の通路として転用されていたようです。

 

振り返ってみるとこんな感じ…

かろうじて出口の外の明かりが見えるくらいです。

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駅舎からホームまで向かう通路はさらに続く…

ここから先は各方面のホームまで通路が分かれます。

手前が直江津方面、奥が糸魚川方面のホームへとつながっています。

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通路は途中で二手に分かれる。

まずは直江津方面へ階段を下ります…

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階段を降りると、小さな待合スペースがあり、奥のドアを開けるとホームになっています。

列車進入時、通過時にはこのホームと待合スペースの間のドアは開けないように注意書きが書かれていました。

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直江津方面のホームの入口。風圧対策でドアが設置されている。

現在でこそなくなりましたが、かつては特急「はくたか」や「北越」、「トワイライトエクスプレス」など多くの特急列車が高速で通過する駅でした。

列車が高速で通過すると大きな風圧がかかるので、頑丈な扉が設けられているのです。

外の世界から隔離されたホーム 

ホームに入ります。

ホームの長さは約140m程ありますが、実際使われるのは1~2両分のスペースです。

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筒石駅の直江津方面のホーム。糸魚川方面のホームとずらして設置されている。

駅名標はJR西日本からえちごトキめき鉄道に移管される時に変更されていいます。

その他はほぼJR時代のまま使われているようです。

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JR西日本時代から使用されていると思われる機器類。

糸魚川方面の泊行き普通列車が轟音とともにやって来ました。

えちごトキめき鉄道に移管されてからはもっぱら単行の気動車が使われています。

 

架線はついているのに電車を使わないのには理由があって……

えちごトキめき鉄道では、糸魚川駅付近で鉄道の電化方式が変わる地点(交直デッドセクション)があります。

この異なる電化方式を直通するにはコストの高い専用の電車が必要になってしまいます。

他にもいくつか理由があると思いますが、利用者数によっては架線からの電気を使わず、自前のエンジンで動く気動車を走らせた方が経済的だったりするのです。

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泊行き普通列車が筒石駅を発車。

さて、出口へ向かい反対側のホームへ…

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 一度階段を上がりまして、もう片方の通路へ歩きます。

地下鉄ならばおしゃれな壁と明るい通路が続きますが、こちらは無機質にコンクリートむき出し…逆にそのため雰囲気があります。

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通路を降りると例のドアが…

糸魚川方面もほぼ同じ造りになっています。

こちらも待合スペースがあって、ドアを開けるとホームに行きます。

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ベンチの向かいには緊急時用の連絡手段が…

当然電波など入りませんので、緊急時はセコムと通常の非常用ボタンの2種類を完備。

片方はセコムに、片方は糸魚川駅に繋がります。

筆者には脱出ボタンのように見えて、心躍るポイントでした。

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糸魚川方面のホーム。

ホームに出ますとこちらもほぼ同じ造りでした。

140mのホーム、意外と長く感じます。

非常に貴重な筒石の街並み

地上へと登りまして(9文字だけですが実際は結構大変です)、筒石の街並みを目指して歩いていきます。

駅を出て坂を下りていくとまず、北陸道をくぐります。

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北陸道の下をくぐる。

そして奥には日本海が見えてきます。

もともと「筒石」という集落は「トンネルだから筒状の石」なのではなくて、日本海に面した漁村です。

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ご覧の通り駅前は山道でなかなか筒石の集落までは距離があります。

この坂を下り切ると筒石の集落です。

実際筒石駅を筒石集落の人が利用するにはこの山道を登り、あの300段の階段を降りる必要があります…大変すぎる…

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日本海沿いを走る国道8号と筒石の漁港周辺。

まず最初にこの手前の倉庫のような建物に近づいてみます。

これは舟屋と呼ばれる、漁業船のガレージのようなものです。

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舟屋は木でできている。

素晴らしい木造建築…窓枠の歪んだ感じが素晴らしいですね~

後からわかりましたが、これは「新しい方の舟屋」なんだそう。

機会があれば今度は旧舟屋にも寄りたいですね~

 

少し戻って海沿いを歩いていくと、確かに古い感じの建物が並んでいる感じが見えてきます。

木造3階建ての住宅が多いのかな…

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筒石の街並み。奥には日本海が…

途中で集落に降りてみるとそこには驚きの光景が…

細い路地を中心に木造3階建ての建物がぎっしり。

裏路地に見えますがこれがメインストリートで、数百メートルにわたってこの風景が続きます。

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筒石の古い街並み。

映画のセットのような光景ですが住民が住んでいる雰囲気があり、生きた街であることが肌で感じられます。

どこからか煮魚の良い香りがこのメインストリートに漂っていました。

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街並みの中にあった八百屋さん。

八百屋さんひとつとっても、とても良い雰囲気。

昔ながらの漁村の形をそのままにとどめている、大変価値のある街並みだと思いますが、観光でぶらぶらしているのは筆者ぐらいでした。

 

集落の中心には筒石川という川が流れています。

山側を向くと、北陸本線の旧線の橋脚がしっかり残されています。

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左手前から右奥にかけて、橋脚が残っている。

集落のすぐそばを鉄道が走っていたことが分かります。

反対側を向くと筒石川はすぐ、日本海へと注がれます。 

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奥は日本海。

筒石はまるで映画のセットのような街並みで、非常に趣がありました。

建築としても非常に価値の高いものだと思うのですが、特に景観を意図的に保存している様子はありません。

そういう点もこの町の魅力の一つですが、将来にこの風景が残ってほしいな~と思います!

 

皆さんもモグラ駅「筒石駅」に来られたらぜひ、(駅からですと軽い登山になりますが)筒石の街並みを見に行くのはいかがですか~?

 

 

【乗車時間6時間超】飯田線を普通列車で全線走破する

全線走破に約7時間かかる飯田線

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飯田線に使用される213系も置き換えが決定している。

飯田線は、長野県にある辰野駅から愛知県の豊橋駅までの195.7kmを結ぶ路線です。

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飯田線の走行区間。Wikipediaパブリックドメインより引用。

ものすごく長い路線というわけではありませんが、なんと約200kmの間に94駅もの駅が存在します。

また、山地を縫うように走るので高速走行ができず、普通列車を乗り通すと約7時間かかるのです…

 

今回は中央本線岡谷駅から飯田線直通の普通列車に乗車し、愛知県の豊橋駅に向かいます!

 

 

岡谷から豊橋行き普通列車に乗車!

意外と利用者の多い岡谷ー伊那市間

9時半を過ぎたころ、本日の主役、313系が登場。

この車両、東海道線から飯田線までどんな路線でも見られる汎用性の高い車両です。

今日はずっとこの車両に乗り続けます。

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本日の主役、313系。

この運用の始発駅は上諏訪で、のんびりと岡谷までやって来ます(すでにここに20分くらいかかってる)。

乗車時間7時間というのは始発の上諏訪駅~豊橋駅までの所要時間です。

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「豊橋行き」の案内表示。

筆者は行程の関係で岡谷駅から乗り湯谷温泉駅で一度下車しますが、それでも乗車時間はぶっ通しで5時間超。

普通列車で乗り換えなしで5時間というのはあまり経験がありません。

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普通列車は岡谷から南側へ、辰野経由で飯田線に入る。ウィキペディアコモンズより引用。

はじめ(辰野駅まで)は飯田線ではなく、中央線の旧メインルートを走行します。

岡谷ー辰野までの中央線の区間を走行する列車は、ほとんどが飯田線に直通するので、事実上飯田線の路線のような扱いを受けています。

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辰野駅からはいよいよJR東海に入り、ここから正式に飯田線に入ります。

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飯田線の起点駅、辰野駅。ここで下車する客も多いが、車内は意外と混雑していた。

飯田線に入ると駅間距離がぐっと短くなります。

飯田線も元は私鉄で、4社の路線をくっつけったもので駅間距離が短いことも、うなずけます。

 

駅は住宅街の中にある感じで、乗り降りが多く地域輸送として定着している雰囲気があります。

少なくともこの区間は秘境路線という雰囲気はありません。

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北殿駅(だったような…)。無人駅の割に各駅ごとに乗り降りが多いので車掌さんはきっぷの回収や販売に大忙し…

駅間が短く、利用者もそこそこいて、大体無人駅……

というと車掌さんは短時間の間にきっぷの販売に回収、ドア扱い(ドアを開けたり閉めたりする操作)をすることになります。

 

運転士側(先頭)からドア扱いをしたり(車内できっぷを売った後に最後部に戻る時間的ゆとりがないため)、ホームを駆け足で行ったり来たり(きっぷを回収したあとすぐにドアを閉めなければならないため)する姿は飯田線ならでは…

 

飯田線の車掌さんは全国で最も体力のいる車掌さんかもしれません。

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伊那松島駅で車両交換。

途中伊那松島駅で列車のすれ違いをして、ほどなく伊那北駅、伊那市駅に到着。

この近辺は伊那市の中心的なエリアで多くのお客さんがこれらの駅で降りていきます。

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駅本屋の屋根が特徴的な伊那北駅。

JR最急勾配、40‰に挑む

伊那市駅を出てしばらくすると、沢渡ー赤木駅間に存在する現在のJRで最も勾配のきつい区間を通ります。

碓氷線の66.7‰が廃止されて日本のJR線内一位の座に就きました。

 

ちなみに40‰という勾配は民鉄に目を向けるとそこまで珍しい数字ではなく、例えば東京メトロ副都心線東新宿ー新宿三丁目駅間にも同じ勾配があります。

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沢渡ー赤木間のJR最急勾配地点。

ひねくれている筆者、「これもっと手前から緩やかな坂にできるのでは?」と思ってしまいますが、現状大丈夫なのでこれでいいのかもしれません。

流石の313系もちょっと音が鈍くなる程度には、頑張って登っている感じはあります。

 

大体の地点はここです。

 

途中駒ヶ根駅で乗り降りがあり、ここからは駒ケ岳を眺めながら進みます。

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この区間は駒ケ岳が美しく見える。

反対側には伊那谷が見えています。
こちらも雰囲気のいい車窓です。

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天竜川のつくった伊那谷を登ったり降りたりしながら進む。

この区間は斜面を等高線上に走っていくので、途中で小さな川を跨ぐ区間に入ると…

ものすごいカーブになり、短編成の飯田線でも後ろの車両から先頭が見えます…

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田切駅付近の急カーブ。

アトラクションとしては楽しいですが、致命的に速度が遅い…なるほど乗車時間も長くなるわけです!

 

「これでは鉄道の持つ高速性が…」という方もいそうですが、伊那谷周辺は「高速移動手段は中央道か中央道を走る高速バス、地域間輸送は飯田線」といった使われ方をしているので、現在は特に問題はない気がします。

 

むかし、飯田駅まで「こまがね」という新宿方面からの急行が走っていましたが、高速バスの台頭でなくなってしまいました…

リニアが通ればだいぶ早くなるものの、果たしてリニアで飯田に来る人はどれだけいるのか…今後の行方が気になります。

 

ほどなくして飯田駅に到着。

反対側に停車しているのはJR東日本の211系です。

こんなところまでこの車両は侵略しているのか…

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飯田駅に停車中の211系。

飯田駅を過ぎると乗客が減っていき、天竜峡駅で観光客はドッと降りてしまいます。

飯田市街地はあんなに開けていたのに、ここからは急に絶壁に…

天竜峡へは天竜峡駅から歩いていくことができます。

 

秘境駅に渡らずの鉄橋…飯田線の人気スポット

ここから先は秘境駅の連続する区間ですが、普通列車の本数は2~3時間に1本、多い時は1時間に1本とそこまで少ないというわけではありません。

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天竜峡駅から天竜峡までは目と鼻の先。

ここから先の乗客は物好きなマニアックな方々の精鋭部隊。

私も左に右に前にウロウロしながら飯田線を楽しみます。

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天竜川を渡っていざ秘境区間へ。

ここで秘境駅ランキングトップ15にランクインした飯田線の駅をご紹介。

(※牛山氏のホームページ(TOP50)を参考にしています。)

 

まずは秘境駅ランキング6位、田本駅。

トンネルを抜けた先にある駅で、駅から集落へは、けもの道を20分歩くしかないそうです。

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断崖絶壁にホームだけある田本駅。

車窓はというとトンネルと橋梁と絶壁が繰り返されるので、大変楽しい感じ。

秘境駅を巡る観光列車が走るのは、秘境駅の散策以外にも車窓の楽しさがあるのかもしれません。

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よく車窓を見てみると、旧線の鉄橋が残されている部分を見つけたりできます。

先人の苦労がうかがえますね…

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続いて秘境駅ランキング14位、為栗(してぐり)駅。

ダムが建設される前までは集落があったものの、建設後に水位が上昇、大半の集落は水没してしまったそう。

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為栗駅。降りる客も乗る客もいなかった。

またまた秘境駅ランキング11位、中井侍(なかいさむらい)駅。

平仮名で書くと「みなとみらい」とよく似ていますが、こちらは軽自動車でもアクセス困難と言われています。

長野県最南部の駅で、駅前にはなんと茶畑が…

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中井侍駅。田本駅同様、絶壁に位置する。眼下には茶畑が…

そして最後に秘境駅ランキング第3位、小和田駅。

意外や意外、かつて交換設備があった形跡がある駅でした。

保線用の引き込み線もあります。

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小和田駅。駅自体はそこまで秘境とは思えないが…

駅周辺には何もなく、小和田の集落は無人になり、外部からのアクセスはほぼ不可能。

こちらもダム建設で水没し対岸に渡れなくなったようで、かつてはそれなりに使われていたようです。

 

今回は秘境駅に降りず列車に乗り続けましたが、本数が2時間に1本あるならば途中下車する選択肢もアリかもしれませんね。

飯田線秘境駅号に乗車するのもいいですが、秘境駅に人がごった返すのはちょっと…という方はぜひ普通列車で訪れてみてください~

 

さてさて列車はさらに南下して次の名所「渡らずの鉄橋」へ。

「採掘中のトンネルが崩落したのでルートを迂回させた」というびっくりの理由が裏には隠されています。

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鉄橋の手前に本来通すはずだったトンネルの延長(右)が見える。

このトンネルを抜けると…対岸に行きそうで帰ってくる鉄橋が現れます。

 

この名所が終わってしばらく乗車すると、中部天竜の駅に着きます。

かつて佐久間レールパークという博物館があったことで有名です。

収蔵された車両の大部分は名古屋のリニア鉄道館に移動したようです。

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佐久間レールパークの跡が見られる。

筆者はこの後もう少し乗車し、湯谷温泉駅で下車。

湯谷温泉を堪能してから豊橋へ向かいます。

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湯谷温泉駅は特急「伊那路」も停車する。

駅周辺は味のあるいい感じです。

模型とかにありそう…

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温泉の様子はこちらをどうぞ。

なかなかいいところでしたよ~

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さて、湯谷温泉から先は213系5000番台です。

新型車両の315系の導入によって今後置き換えられることが明らかになり、現在は余命宣告された状態です。

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飯田線に運用される213系5000番台。

広い意味では形式は快速マリンライナーに使用された車両と同じですが、JR東海独自設計となっています。

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213系の座席。

座席はこんな感じで結構快適ですが、2ドア車なのでこのまま豊橋に行くとなると混みそうですよね~

秘境から市街地へ、そして名鉄と線路を共用…

列車は長篠城の隣を進みいよいよ市街地へ…

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飯田線は長篠城の隣を通る。

豊川駅を過ぎると乗客が一気に増えて、もはや地方私鉄という感じ。

しばらく進むとJRっぽくない、何やら怪しい線路が近づいてきます。

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何やら怪しい線路がこちらへ向かっている…

ここからはご存知「名鉄とJRが同じ線路を走る」という非常に変わった区間です。

飯田線がまだ豊川鉄道という私鉄だった頃、愛知電気鉄道(現名鉄)が現在の豊橋駅に乗り入れるために行った計画の名残です。

 

簡単に言うと、「お互い(豊川鉄道・現飯田線と愛知電気鉄道・現名鉄)がそれぞれ単線を豊橋駅に伸ばすより、線路を共用して複線にした方が効率がいいし建設費も抑えられる」という計画のもとにつくられた路線が、現在も使われています…

 

ホームの反対側が他社線というのはなかなか不思議…

名鉄はこの共用区間の駅を通過しますが、豊川以遠から来る日中の普通列車も飯田線・名鉄供用区間にある飯田線の途中駅は通過してしまいます。

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駅を通過する飯田線普通列車の向かいには名鉄の車両…なかなか状況を呑み込めない…

そして問題の供用区間は終点豊橋まで続き、合計6時間30分の旅はようやくゴール。

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JRと名鉄の案内が入り交ざる大変カオスな駅「豊橋駅」。

最後までネタが尽きない飯田線の旅、長時間ながら飽きずに楽しめました。

乗る方の趣味の方、ぜひ一度挑戦してみては!

 

通常の指定席との違いは?越乃shu*kuraの食事付きプランに乗車

日本酒を堪能する観光列車「越乃shu*kura」

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信越本線青海川駅に停車中の越乃shu*kura。基本は3両編成で運転される。

新潟県と言えば米、そして日本酒……

実は新潟県に、日本酒をメインにした大人な観光列車が走っています。

 

今回は越乃shu*kuraに乗車して、日本酒と食事、音楽と日本海の夕日を堪能します!

 

 

酒と肴と夕日とジャズ…大人の観光列車

越乃shu*kuraは主に信越本線や上越線内を走行する観光列車です。

 

正確にはいくつか種類があって、時期によって運行する経路が異なります。

  • 越乃shu*kura(こしのしゅくら)…上越妙高―長岡ー小千谷ー十日町
  • ゆざわshu*kura(ゆざわしゅくら)…上越妙高ー長岡ー小千谷ー越後湯沢
  • 柳都shu*kura(りゅうとしゅくら)…上越妙高ー長岡ー新潟

上越妙高ー長岡間の信越本線は共通ルート。

特に直江津ー柏崎間は日本海沿岸を走る車窓の美しいところです。

 

長岡から先はルートが分かれます。

北上するのが柳都shu*kura、南下して越後川口から飯山線に入るのが越乃shu*kura、上越線をそのまま南下するゆざわshu*kuraです。

 

途中で切り離しを行うわけではなく、3両すべてがどれかのコースに入ります。

日付によって運行ルートが異なっており、利用する場合は事前にホームページで確認する必要があります。

 

 

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運行日により経路は異なるが、「越乃shu*kura」は上越妙高~長岡~十日町を走行する。公式HPより引用

 

どちらのコースも運行日に一日1往復しますが、今回は午後便の十日町→上越妙高の越乃shu*kuraに乗車します。

大人の階段を下の方から見上げている筆者が背伸びをして体験させていただきます……

 

www.jreast.co.jp

指定席とツアープラン、何が違う?

この車両に乗車するには指定席券を購入するか、びゅうを通じて旅行商品を買う必要があります。

 

座席

指定席券で乗車できるのは3号車のリクライニングシート。

一方、旅行商品を購入すると1号車の専用席に乗車することになります。

 

指定席の座席は他のJR東日本の観光列車「リゾートしらかみ」や「リゾートビューふるさと」と同様に、シートピッチが広くとられています。

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乗車券と指定券で乗車できる3号車。

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3号車の座席。シートピッチが広い。

乗車時間はすべて乗りとおすと2時間を超えるので、追加530円でこの快適性は嬉しいですね~

 

こちらの座席は快速列車の指定席なので、JRの区間は18きっぷでも利用することができます。

 

一方の1号車。

旅行商品の専用席は食事をすることになるので、テーブルのついた席になっています。

2人掛けのペアシートはすべて日本海側を向くように設定されています。

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1号車の旅行商品専用席。4人掛けシートはおそらく3名グループ以上で使用できる。

筆者は2人掛けシートに座りましたが、テーブル・座席はどちらも窮屈な感じなのが少しネック。

乗車券と指定券のみで乗れるリクライニングシートの方が快適かもしれません。

 

しかし、この観光列車ではイベントや停車した駅で外に出たりと、車内をウロウロすることが多いのであまり気にならないというのが正直なところです。

 
食事のサービス

旅行商品の食事を体験!

びゅうの旅行商品を購入すると、松花堂弁当のような形で提供されるおつまみとお酒のコースをいただくことができます。

午前のコース(上越妙高発)と午後のコース(十日町発)で料理が違い、季節によっても異なるようです。

筆者は午後のコースでいただきましたので、そちらの様子をご紹介します。

 

座席に着くと早速食事の準備が始まります。

確か15時くらいの出発でしたので、夕食の時間よりは早い時間に提供されます。

「利き酒チケット」は2号車のラウンジで1杯分のお酒と交換できるチケットです。

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記念品のおちょこと本日のメニュー。おしぼりも新幹線のグリーン車のものには及ばないものの、なかなか高級な印象。

まずは食前酒として日本酒のスパークリングが出てきます。

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食前酒の日本酒スパークリング。

さらっと飲めてしまうので要注意。

 

お酒がメインのこの列車ですが、ノンアルコールプランもあるのでお酒の飲めない方でも楽しめるようになっています。20歳以下も大丈夫。

確か食前酒の代わりに雪下人参のジュースかなんかが提供されていたと思います。

それも美味しそう。

 

しばらくしますと松花堂風の食事が出てきます。

 

魚沼の水や、越乃shu*kura限定の大吟醸もお土産としていただけます(枡に注がれているのは別のお酒)

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越乃shu*kura午後便の料理とお酒。

 

グルメライターではないので美味しそうに表現できませんが、地元の食材をふんだんに使っているようです。

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松花堂弁当風の食事の詳細。

 

今回は「ふろふき大根鶏餡塩麴風」「さけめし」「鶏肉と葱のソテー」「八色しいたけの味噌マヨ焼き」「蓮根梅肉和え」「柿と人参のクリームチーズ和え」「甘酒ヨーグルト」の7品。

 

「さけめし」というと直江津駅の駅弁として有名ですが、それのミニチュアサイズと言ったところでしょうか。

個人的には八色しいたけの味噌マヨ焼きが酒粕の味も効いていてお気に入りでした。

 

このあといくつかのお酒の試飲がありましたが、あまり自信のある分野ではございませんので、美味しかったとだけ申し上げておきます。

 

売店でもお酒を楽しめる

越乃shu*kuraの2号車はイベントスペースとなっていて、売店がついています。

こちらの売店では日本酒の試飲や美味なおつまみ、アイスクリーム、駅弁などが販売されています。

基本的に走行中いつでも利用できます。

 

こちらは普通の指定席券で乗車している方でも利用できるので、旅行商品を購入しなくても本格的な日本酒を堪能できます。 

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売店では試飲ができたり、駅弁を購入できたりする。もちろんソフトドリンクもある。

こちらのコーナーのおすすめは、「きらきらうえつ」乗車時からひいきにさせていただいている「鮭の焼漬」。

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村上の郷土料理で、焼いた鮭をそのままだし醤油につけたものです。

冷めてもふっくらとした食感で、お酒はもちろんご飯にも合います。

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鮭の焼漬。

こちらのコーナーで購入した商品は立食スタイルで隣でいただくことができます。

窓が大きいので解放感がありますね~

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2号車では売店で購入した軽食をいただくこともできる。

現在でもジャズの生演奏も楽しめる!

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2号車で行われるジャズの生演奏。

2号車のイベントスペースでは、以前は複数のイベントが行われていましたが、現在ではジャズの生演奏のみ行われています。

 

現在では感染症対策のため、ジャズの演奏を聴くためには車内の売店で整理券をもらう必要があります。

15分ごとに区切られ、4回に分けて演奏されます……アーティストの皆さん大変…… 

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密を避けるための整理券。

途中で下車する場合は、下車するより前の時間帯の整理券をもらうことに注意。

乗りとおす場合は遅めの時間の整理券を取ると空いています。

日本一海に近い駅、「青海川駅」で夕日を眺める

午後の行程では、途中の信越本線青海川駅に22分ほど停車(午前便は6分の停車です)。

青海川駅は「日本一海に近い駅」の一つとされています。

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青海川駅。

実際海に近い駅は他にもあるかもしれませんが、この駅からの夕日の眺めはなかなかいいものです。

筆者は10月頭に乗車しましたがこれがベストシーズンかもしれません。

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青海川駅から見える夕日は格別。

のんびりと記念写真を撮りまして、ちょうど発車時刻に暮れる感じでした…なんという素晴らしいダイヤ…というか季節…

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種車はキハ40と48…車両を観察

さて、越乃shu*kuraに使用される列車を見物。

内装を見ていると新しい感じがありますが、なんと種車はキハ40とキハ48、国鉄時代の気動車です。

 

基本は電化区間を多く通りますが気動車のおかげで、飯山線に直通したり、団体用の列車で羽越本線や米坂線にも入れるようになっています。

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越乃shu*kuraに使用される車両は国鉄時代の車両の改造車。

正面はいかにも!という感じの国鉄顔。

ところがヘッドライトはLEDに交換されています…なんか不思議…

 

参考までに改造前と同形式のキハ40とキハ48を見てみます。

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改造元となった車両と同形式のキハ48とキハ40。キハ48は片運転台、キハ40は両運転台。更新された車内であるがもともとはこんな感じ。

 3号車はキハ40、1号車と2号車はキハ48です。

連結部分はというと…

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運転台は残り、解結することも可能なように見える。

運転台は残されており、この部分には国鉄の面影がありますね。

ドアも実はそのまま…

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ドアも改造はされていない。

内装は魔改造されていますが、細かい部分では改造前の状態で残されています。

走行機器もほぼそのままなので、走行音も昔のままです。

個人的にはこういう「あら探し」みたいなことをするのも好きです。

 

実はJR東日本では、キハ40もキハ48も減少傾向。

この観光列車が引退してしまうのもそんなに先の話ではないかもしれません。

記録はお早めに…

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越乃shu*kurahaは鉄道ファンではなくてもお酒と景色と音楽を楽しめるという、一味違った観光列車です。

18きっぷでも乗車できるので上越方面にお出かけの際はぜひ~
 

 

 

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【碓氷峠の今】文化むらにめがね橋…鉄道遺産とその未来

伝説的な信越本線の廃線区間

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碓氷峠越えの区間は66.7‰という当時国鉄の日本最急勾配を誇った。現在のJR最急勾配は40‰で飯田線に存在する。

北陸新幹線長野開業とともに廃線となった信越本線、横川ー軽井沢間。

この区間には片峠(片方の麓が反対側の麓より著しく高いか、低い峠)として知られている難所、碓氷峠を越えた鉄路がありました。

 

碓氷峠を越えるために特殊な方式で鉄道が整備、活躍したのちに廃線となってしまったので、一部の鉄道ファンからは「伝説扱い」されるほど人気があり、この路線の復活を夢見る人も少なくありません。

 

筆者も強い憧れを抱く人の一人ですが、今回はちょっとその気持ちから少しだけ距離を置くつもりで、現在の碓氷峠を見つめ直してみたいと思います。

 

 

碓氷峠を超える区間はバスに転換、乗客数は?

新幹線開業後廃線となった横川ー軽井沢間は、通称「碓氷線」と呼ばれていました。

当時の住民は廃線に強く反発しましたが、運行コストが高いこと、安全面の問題など諸事情が重なって、結局路線は廃止されました。

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軽井沢駅。旧信越本線の木造の屋根と新幹線の豪華な跨線橋。新しいものが古いものに混ざる雰囲気は、ほかの軽井沢の観光地にも言え「らしさ」があると筆者は思う。

 

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軽井沢駅から碓氷峠方面を見る。手前側のしなの鉄道(旧信越本線)の線路が奥の峠側まで続いている。

廃線後は横川ー軽井沢間でJRバス関東による路線バスが運行されています。

鉄道愛好家からは現在でも鉄道路線の復活を望む声も多いのですが、実際の横川ー軽井沢間を移動するバス利用者はどのくらいいるのでしょうか。

 

現在のように感染症の影響が出る前に、実際に軽井沢→横川間で転換されたバスを利用したのでご紹介します。

訪れたのはオフシーズンですが、休日の昼でした。

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JRバス関東によって運行される横川ー軽井沢間のバス。

このバスは軽井沢駅を出ると基本的に横川駅まで止まりません。

災害時の鉄道代行バスのようなイメージです。

道路では「碓氷バイパス」という碓氷峠とは離れた、別の峠道を通ります。

 

 

 

休日にはめがね橋(信越本線の旧線に使用されていた鉄橋。観光名所になっている。)を経由する別のルートで運行されることがありますが、最近ではめがね橋を回るルートで運行される日は減少傾向にあります。

 

観光名所を回るルートは道幅も狭く、渋滞もするので定時性を確保できないことが理由のようです。

 

直行便の乗客の数は軽井沢駅出発の段階で10人程度でした。

「碓氷線」をご存じなくても乗客10名なら確かに電車ではなくてバスでも…という気持ちになるかもしれません。

 

運賃は前払い式で片道510円。所要時間35分。

廃線前より運賃は高く、時間は10分程度長くなりました。

 

バスの本数は多くて一日9往復です。

本数が少ないイメージがありますが、これは廃線前の碓氷線の普通列車の本数より多いらしいです…。

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碓氷バイパスを走る路線バス。バスに乗っても相当な高低差を感じることができる。

実際、現役だった頃の碓氷線の普通列車の乗客もかなり少なかったようです。

また、これは後にも述べますが、碓氷線は普通の鉄道と比べて運行に莫大なコストがかかっていました。

ある意味廃線は仕方なかった部分もあったように思えます。

 

 

碓氷線の「鉄道遺産」としての価値

信越本線は以前にご紹介したように大変歴史ある路線です。

その中でも難工事だった横川ー軽井沢間の碓氷線の区間は、峠越えのための特殊な技術が使われたことから、日本の鉄道史上の価値としても高いものがあります。

 

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ご存知の方も多いかもしれませんが、碓氷線には開業当初の路線と、後から改良してつくられた路線があります。

 

遊歩道、観光地としての整備

開業当初の路線(旧線)は、鉄道マニアでない方にも親しまれているかもしれません。

レンガ造りのトンネルや橋で構成されていて、観光名所「めがね橋(碓氷第三橋梁)」もその一部です。

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碓氷第三橋梁(通称:めがね橋)。観光地としても人気がある。

この橋の上の方まで上がることができ、旧線の一部は遊歩道として整備されています。

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めがね橋の上からの景色。眼下に国道18号旧道の碓氷峠、反対側には新線の橋梁も見える。架線も現存。

ただ、実際に訪れてみると遊歩道を歩いてめがね橋から離れるという観光客は稀です。

歩いた先にこれといった観光施設がないというのが原因かもしれません。

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めがね橋から先はレンガ造りのトンネルがいくつも続く。

実際は遊歩道が約1.5km先の旧熊ノ平駅という廃駅まで続いていて、トンネルの構造の違いや廃駅の雰囲気を味わうとさらに楽しむことができます。

熊ノ平駅では鉄道マニアの人気が高い「新線」の方にも近づくことができる点も魅力です。

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旧熊ノ平駅。レンガ造りの旧線トンネルとコンクリートの新線トンネルが一度に見られる。手が加えられているため保存状態も極めて良い。

凄く話が脱線しますが、架線柱(電線を張る電柱)がカラフルに塗られているのは、JR高崎支社特有のもので、運転士が重りの位置を目測するためなんだとか…

 

こちらを訪れたのは平日でしたが、新線の廃線を歩くイベント「廃線ウォーク」の真っ最中でした。(写真下のザックは参加者のもの)

このイベントは意外と鉄道マニア以外にも人気があり、各地の廃線ブームの火付け役にもなったとも言われています。

 

この近辺の鉄道施設の驚くべき点は、保存状態がいいということです。

普通、廃線した線路は架線や線路もはがすことが一般的ですが、特に新線の方は綺麗に維持されています。

 

これは自治体の観光課や周辺の方が管理し続けていることで成り立っていているのです。

 

シミュレーター解禁!貴重な展示の碓氷峠鉄道文化むら

横川駅の隣、旧横川運転区には鉄道の博物館「碓氷峠鉄道文化むら」があります。

信越本線横川ー軽井沢間に関連する展示や、そうではないけれど貴重な展示もあり、鉄道マニアからすればかなり豪華な博物館です。

 

専用機関車EF63(後述)が動態保存されていることも特徴です。

 

また、以前から故障で使えなかったり、リニューアルしたり、感染症拡大のあおりを受けたりでなかなか体験できなかったシミュレーターが、最近体験できるようになりました。

 

冒頭で熱い思いを抑えると言いましたが、少しだけここは撤回。

 

ここで、あまり詳しくない方のためにちょっと予備知識を(知っている方は飛ばしてください…)……

 

鉄道は基本的にツルツルの車輪でツルツルのレールの上を走るので、摩擦が少ない乗り物です。

そのため、急な坂道ではすべってしまい、鉄道は他の交通機関と比べて非常に勾配に弱い特性を持っています。

 

先ほど碓氷線には新線と旧線があると言いましたが、急な勾配を超える必要があって、どちらも特殊な運転方式で運転されていました。

 

旧線の方は「アプト式」と呼ばれる、鉄道の二つのレールの真ん中を歯車をかませて登ったり降りたりする方法で運転されました。

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車輪の間にある歯車をかませて進む。

 

確かにこれで車両は滑りにくいのですが、乗り心地が悪く、ゆっくりとしか運転できない(自転車くらいのスピード)というデメリットがあります。

当時大動脈であった信越本線はこれでは乗客を賄いきれなくなりました。

 

そこで1963年に新線を建設して、以前のように歯車を使った方式ではなく、普通のレールを使った方式に変わりました。

 

しかし、通常の車両だけでは碓氷峠をの急勾配を登ったり降りたりできなかったため、普通の電車であっても坂の下側に機関車を2両連結することになりました。

この時に使われた機関車はEF63という碓氷峠専用のもので、「峠のシェルパ」の愛称で親しまれました。

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当時の信越本線の特急に使用された189系(左)と碓氷峠専用機関車EF63(右)。

本題に入りまして、碓氷峠鉄道文化むらではEF63が動態保存されています。

金額を支払い(初回講習3万円、一回の運転で5000円)運転講習を受ければだれでも本物を運転することができます。

運転を指導してくださる方は実際にEF63の運転士だった方もいるらしい…

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運転体験は人気があり平日でも行われる。1回目は初回講習を受けたあとに乗車できるため、1泊する必要がある。

「そこまではできない」という方も、EF63を丸々一両使用した本格的なシミュレーターで運転を体験することができます。

1プレイ1000円と高額ですが試す価値が十分にあります。

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EF63シミュレーター。ちょうどEF63の顔が隠れている状態。

 

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EF63丸々1両がシミュレーターとなっている。

 操作する部品類はすべて本物(というかEF63にシミュレーターをくっつけたという方が適切)。

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汽笛吹鳴もできる。

ブレーキ音は本物を収録したもので、警笛も鳴らせます…これは心躍りますね~

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シミュレーターはかなり本格的。

運転できるのは横川ー熊ノ平間のノーカット13分。

推進運転と言って、「坂の下側から車両を押す」運転をします。

おそらく全国でここだけ、後ろに向かう運転シミュレーターです…そもそも機関車のシミュレーターも珍しい部類に入ると思います。

 

写真三枚目が車でいうところのアクセル、二枚目がブレーキです。

ブレーキは2系統あって、単独ブレーキ弁は運転する機関車だけに、自動ブレーキ弁は編成全体にブレーキがかかります。

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丸山変電所付近を通過。

最初はマスコン(アクセル)操作だけなのでゆとりがありますが、ブレーキが難しいのです…

手に汗握るシミュレーター、最後は無事に停車できましたが、結構慣れが必要です。

 

このほか、休日には実際に使用されていた急勾配区間のある線路を走るトロッコ列車があります。

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その名もシェルパくん。

こちらは先ほどシミュレーターで登場した丸山変電所付近の様子。

近年このトロッコは延伸されて、峠の湯という日帰り入浴施設まで行くことができます。

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旧信越本線を利用したトロッコ列車は、その急勾配を車両の中から体験することができる。近年延伸された。

乗車していると実際かなりの勾配を感じます。

休日にしか運転されないのが残念ですが、あまり乗客はいませんでした…寂しい…

 

実際この施設の入場客というよりも、愛好家の方の支援によって成り立っている、少し変わった施設です。

逆にそこまで愛されている施設だとも考えられますが、いかんせんアクセスが大変なので…難しいところです。

 

このほかの碓氷峠鉄道文化むらの展示も実はかなり貴重なのですが、膨大なのでまたの機会にご紹介します。

色褪せない日本随一の駅弁、「峠の釜めし」

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横川駅の隣にある、峠の釜めしを販売する「おぎのや」の本店。

横川駅は碓氷峠を鉄道で越えていたころ、機関車をつないだり切り離したりする重要な駅でした。

 

機関車の連結、切り離しの時間、お客を乗せた列車は止まったままですから、この時間を利用して駅のホームで駅弁の立ち売りが行われていました。

 

その時に販売されていたのがこの「峠の釜めし」

駅でこの釜めしを買って、車内で食べる…という文化が定着していきます。

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当時「横軽」を駆け抜けた特急「あさま」に使用された189系の車内で食べる峠の釜めし。この車両はリニューアルされていて備え付けのテーブルがあるが、オリジナルは設置されていなかったため、窓のスペースに釜めしを置いていたらしい。そのため窓ガラスに「峠の釜めし」の縁によって擦れた跡があるといわれているが、この目で見たことはない。

容器は益子焼でつくられ、栗や鶏肉、うずら卵や椎茸がのっています。

具の下には昆布だしで炊いてあるご飯が入っていて、なかなか美味。

「温かくして食べる」ことを念頭に入れてある、珍しい駅弁です。

 

因みにこの釜めしの益子焼の容器、ほかのブログで多数紹介されているように家でこれを使ってご飯が炊けます。

 

めんどくさいという方、ご飯を1から炊かなくても、この容器に炊き込みご飯を入れてチンしても結構おいしいですよ~

 

峠の釜めしは碓氷線が残っていた時代から人気の駅弁だったのようで、「駅弁を買えるようにするために横川駅で長時間停車していると勘違いしている人がいた」という有名な逸話が残されています。

 

しかし碓氷線が廃止された今でも、横川駅の構内で駅弁売りの「釜め~し!」という声が響いた時代を知らない筆者の世代でも、これが名物であると認識されているというのは、よく考えれば凄いことです。

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日本随一の駅弁と評された横川駅の駅弁「峠の釜めし」。現在でも横川駅近くの店舗でいただくことができる。

実際に「峠の釜めし」は、横川駅の本店だけではなく、周辺のドライブインやSAで購入することができ、時々都内のスーパーやデパートでも売っています。

最近京王線八幡山駅の近くにも出来たらしいです。

 

かつてから、実は横川駅以外でも販売されていたらしく、ドライブインでは上の写真のように、店内で食べることもできたそうです。

 

この駅弁が「メインであった駅での立ち売り」が廃止されてからも生き残った理由は、

単純においしいからだけではなく、廃線前から幅広く店を展開していて、現在でも名物として観光客に親しまれているからだと考えられます。


 

「観光路線として復活」説は課題山積?

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 時折、「横川ー軽井沢間に観光列車を走らせて復活させる」という計画ができたり消えたりしています。

 

確かに、廃線跡は丸山変電所にめがね橋、最終的には軽井沢へ至るので、つながれば観光コースになる可能性はあります。

 

ただ、

  • 碓氷峠鉄道文化むらの経営状況を見るにそこまでの資金的な体力がない
  • そもそも日常的に碓氷峠を越える需要が少ない(バスの現状から)
  • 碓氷線新線を観光路線にするにはトンネルも多く、マニア以外が楽しめる工夫も必要
  • 難所であることには変わりなく、おそらく運営に多額な経費が掛かる
  • 群馬県、長野県と県境をまたぐので自治体の足並みをそろえる必要がある
  • 横川駅に行きにくい(高崎から在来線へ乗り換えなくてはならない)

など課題は山ほどあります。

 

一方、廃線跡で普段は入れない区間をウォーキングして楽しむツアーが人気を博したり、レールバイクという、自転車のようなものを線路に走らせる計画ができたりと、

多くの人から愛された路線であるからこそのアイデアが生まれています。

 

多くのアイデアから、現実的でありながら人が集まるようなプランができたら嬉しいですね。

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峠の釜めしを販売するおぎのや本店前の排水溝は、アプト式時代のレールを再利用している。

 

 

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かつての大動脈、今ではバラバラに…【信越本線の今⓪】

大動脈、信越本線の今を追う

こんにちは。トレモロです。

自己紹介から入るの苦手なんですが、当ブログは皆様のおかげで累計3万pvを超えました。

いつもご覧いただき本当にありがとうございます。

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信越本線の特急に使用された189系。

さて、そういう節目でございまして今回はシリーズ物で、かつて高崎から長野経由で新潟までを結んでいた、信越本線と呼ばれた鉄道路線の現在を追ってみたいと思います。

 

信越本線は当初から官設鉄道(国が建設した鉄道)として建設され、現在でもほとんどの路線は現存しています。

 

しかし現在、一部区間で平行する北陸新幹線が開業し、第三セクター(民間と国や地方公共団体が共同で運行する)鉄道に移管され、それらは別の路線となっています。

つまり「信越本線」と名乗っている路線は高崎ー横川間、篠ノ井ー長野間、直江津ー新潟間と途切れ途切れになっているのです。

 

「だから何なんだ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、それぞれの地域で抱えている事情や信越本線の役割の違いがそこから見えてきます。

第1回…いや第0回は信越本線の歴史と、現在をざっくりと俯瞰してみます。

 

 

歴史は日本最初の鉄道建設に遡る

あまりイメージが沸かないかもしれませんが、信越本線は日本の中でもトップクラスに歴史の深い路線です。

 

信越本線の建設ルートの一部は、「中山道幹線」と呼ばれる明治初頭の計画ではじめて示されました。

中山道幹線は東京と京都を結ぶ目的で計画されたもので、文字通り中山道に沿うルートでした。

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中山道幹線のルート(赤)とその支線。Tam0031 - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=45461426による

東京と京都を結ぶ鉄道ルートとしては、東海道ルートと中山道ルートが案として出されていましたが、「陸運・海運が盛んだった東海道よりも先に、不便な中山道に沿って建設する」ということで中山道ルートの建設が決まりました。

 

色々あって現在の高崎線(上野ー熊谷ー高崎間)が日本鉄道という私鉄によって開業したのは、なんと東海道線の建設よりも前のこと。

 

高崎から先、西側(京都方面)へ向かう中山道幹線(高崎ー軽井沢間)とその建設のための資材を運搬する路線(軽井沢ー直江津間)として建設されたのが、信越本線です。

 

  • 高崎ー横川間…1885年開業
  • 直江津ー関山(新潟県)間…1886年開業
  • 関山ー長野ー軽井沢間…1888年開業
  • 横川ー軽井沢間(碓氷峠)…1893年開業
  • 直江津ー新潟間は私鉄北陸鉄道として開業

ご覧のように信越本線はほとんどの区間で1800年代の開業。

歴史が古いことが分かります。

 

信越本線の今はどうなっている?

高崎ー横川間:「信」でも「越」でもないのに…

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横川駅に停車中のD51 498と旧型客車。土日を中心に運行される。

群馬県内で完結するこの区間は「信」も「越」も通りませんが名前は信越本線のまま残っています。

JR東日本の管轄です。

 

平行して北陸新幹線(高崎ー長野間)が1997年に開業しましたが、こちらは第三セクターになっていません。(基本的に新規開業の新幹線に平行する路線は第三セクター化されます)

 

新幹線と平行はしているものの接続駅が高崎しか存在せず、横川から先、軽井沢までは廃線になっているので、現在では都市間輸送よりローカル輸送に特化した路線になっています。

 

またこの区間は、観光列車としてSLを運行していることでも知られています。

 

横川ー軽井沢間:最大の難所は廃線に…

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碓氷峠を越えるためだけに製造されたEF63。普通列車も特急列車もこの機関車を連結しなければならなかった。

横川ー軽井沢間には碓氷峠と呼ばれる峠が存在します。

この峠、「上って下る」一般的な峠ではなく、長野側が一方的に高く、群馬側が一方的に低くなっています。

つまり峠の頂上付近と麓を勾配に弱いと言われる鉄道で結ばなければならなかったのです。

 

開業も他の区間に遅れること5年。

開業当時は「アプト式」と呼ばれる歯車を組み合わせたユニークな鉄道で結ばれました。

 

その後改良され速度も向上しましたが、専用の機関車を連結しなければ鉄道は登ったり下ったりできない難所であることには変わりませんでした。

運行コストが高く「満員電車になっても赤字」とも言われたこの区間、1997年北陸新幹線長野開業に合わせて廃線、バス転換されています。

 

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レンガ造りの手前の路線が旧線(アプト式)、奥の架線柱が見える路線が新線(EF63の併結運転)。どちらも保存状態良く残されている。

横川駅にはかつて峠越えの専属の機関車が常駐していましたが、そのあとは「碓氷峠鉄道文化むら」という博物館になっています。

  

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軽井沢ー篠ノ井間:しなの鉄道に移管

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しなの鉄道SR1系とJRから譲渡された115系。

新幹線と完全に平行するこの区間は、北陸新幹線長野開業に合わせて第三セクター化されました。

「しなの鉄道」は移管当初経営難に陥っていましたが、様々な取り組みによって改善、現在では「第三セクターの成功例」として語られることがあります。

 

2020年に完全新造の新車を導入。

「信越本線」のルートの中では最も新しい車両が走っています。

 

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篠ノ井ー長野間:わずか9.3kmだけ残った信越本線

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篠ノ井駅のホーム案内板。しっかり直江津方面と書かれている。

篠ノ井ー長野間は長野県内で唯一残った「信越本線」です。

JR東日本によって運行されています。

 

この区間には篠ノ井駅で接続している篠ノ井線(松本方面)から、名古屋ー長野間を結ぶ特急「ワイドビューしなの」が通ります。

新幹線と完全に平行する区間ですが、第三セクター化されていない珍しい区間です。

この特急しなのと北陸新幹線の接続のためJRのまま残されているとも言われています。

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信越本線長野駅まで乗り入れる特急しなの。

長野近辺の輸送を担っていて、列車は篠ノ井線かしなの鉄道(旧信越本線)と直通していて、第三セクターがJRに乗り入れる形で運行されます。

 

営業成績はあと一歩で黒字、1時間に3~4本程度とほんの少し「本線らしさ」を感じる区間です。

 

長野ー妙高高原間:直通するJR飯山線も3セク通過を強いられる

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妙高高原駅。北しなの線でも115系はまだまだ活躍中。

長野ー妙高高原間は再び第三セクター「しなの鉄道」の管轄。北しなの線と呼ばれます。

この区間は北陸新幹線金沢延伸開業に合わせて第三セクターに移管されました。

 

この区間の途中駅「豊野」からJR飯山線が分岐しています。

飯山線は北しなの線に長野駅まで乗り入れていますが、豊野ー長野間は「しなの鉄道」なので別料金で運賃が上乗せされます。

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飯山線に使用されるキハ110形。一部区間だけ旧信越本線に乗り入れる。

先ほどの篠ノ井ー長野間とは逆で、JRの路線が第三セクターに乗り入れています。

ややこしい~

 

基本的に複線だった旧信越本線は、北長野から先の区間では基本的に直江津まで単線に変わります。

 

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妙高高原ー直江津間:スイッチバックが現在も現役

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現在も残る二本木駅のスイッチバック。

妙高高原ー直江津間は「えちごトキめき鉄道妙高はねうまライン」という第三セクターに移管されています。

えちごトキめき鉄道は新潟県内を走る新幹線に平行したJR路線を引き継いだ会社で、旧信越本線(妙高高原ー直江津間)と、旧北陸本線(市振~直江津間)を所有しています。

 

途中にあるスイッチバック駅、二本木駅では現在でもスイッチバック運転が行われ、名所となっています。

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北しなの線SR1系ととえちごトキめき鉄道「雪月花」。

こちらも経営難でしたが最近「雪月花」という観光列車を導入。

予約が取れないほどの人気があります。

 

上越妙高駅から先は新潟方面まで、旧信越本線と信越本線を直通する特急「しらゆき」が運行されています。

 

直江津ー新潟間:まとまった距離のある珍しい区間

直江津駅から長岡駅を経て新潟駅へ、この区間が最も信越本線としての原型をとどめている地域です。

こちらはJR東日本の管轄。

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青海川駅は夕日が美しい。

特に直江津ー柏崎間は海沿いを走る景色のよろしい区間です。

信越本線は山だらけのイメージですが、海沿いも走るのです。

青海川駅は日本一海に近い駅の一つと言われ、夕日の時間には絶景を楽しむことができます。

 

長岡から先は打って変わって通勤路線へ。

政令指定都市である新潟市をはじめ、長岡市や三条市など、人口の多い区間を通ります。

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信越本線新潟地区に使用されるE129系。

「新潟周辺のラッシュをなめてはいけない」

これは筆者の中では18きっぷ旅の教訓として末永く語り継ぎたい言葉の一つです…

本当に大変ですから…

 

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シリーズ:信越本線の今

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信越本線を走る特急「しらゆき」。

このようにざっくりと旧あるいは現役の信越本線のルートをご紹介しましたが、いかに変化に富んだ路線であることがご覧いただけたかと思います。

意外と廃線となった区間は短くて、旅客用であれば横川ー軽井沢の碓氷峠の区間のみなんですよね…

 

次回以降はこの変化に富む信越本線を区間ごとに少し掘り下げて見ていきたいと思います。

筆者の情報にはムラがあったりしますので、間違っていたらぜひコメントなどでお知らせください。

 

それでは今後もよろしくお願いいたします。

 

次回へ続く…

 

 

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【惜別】国鉄ポスターも見納め、松本駅6番線の駅そばが閉店

大糸線側の駅そばが閉店

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松本駅の駅そばでいただける特上鴨そば。生麺を使用している。

信州と言えば蕎麦。

松本駅のホームにも2軒の駅そばがあります。

リーズナブルな駅蕎麦ながら蕎麦のクオリティーが高いと評され、鉄道ファンだけでなく、登山客や観光客に親しまれています。

 

しかしそのうちの1軒、2020年9月末で大糸線ホーム(6番線)側の駅そばが閉店することになり、30年以上の歴史に幕を閉じました。

国鉄時代のキャンペーンのポスターやスタンプなどが飾られていて、鉄道ファンにとっても魅力的な店舗でした。

 

今回は登山客をはじめ多くの方に親しまれた、6番線ホームの駅そばと、ちょっと変わっている6番線ホームの位置についてご紹介します。

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松本駅6番線からの発着が多い大糸線。沿線には北アルプスの山々が連なり、夏は登山、冬はスキー客でにぎわう。

 

「国鉄」を感じられる駅そば

今回閉店してしまった駅そば、ぱっと見は普通の長野県の駅そばといった感じです。

食券を買って受付に出すというスタイル。

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6番線ホームの駅そばの受け取り口とカウンター。食券を購入して受け取り口へ渡す。

メニューは「特上」と普通のそばに分かれていて、特上が生麺、普通の麺が冷凍です。

松本駅の利用客は特上を頼むことが多いですね~

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おやきなども販売している。

鴨そばや山葵山菜そば、かき揚げそばなどが売れ筋です。

筆者はよく鴨そばを頼みます。

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特上鴨そば。

蕎麦はもちろん美味しいのですが、ここの駅そばの魅力は何と言っても国鉄時代のポスターやスタンプの数々…

店の方に快諾いただいて、店内を撮影させていただきました。

 

記憶に新しい(1970年)、DISCOVER  JAPANのポスターも貼られています!

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国鉄のキャンペーン、DISCOVER JAPANのポスター。

半世紀経っても松本城は松本城、フォトスポットも変わりませんね~

そして上の方を見上げますと…

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いい旅チャレンジ20000kmキャンペーンは国鉄時代から始まった完乗キャンペーン。

いい旅チャレンジ20000kmというのは、1980年代に始まった国鉄完乗キャンペーン。

名だたる在来線特急のヘッドマークがずらり…しかしこの頃はだいぶ在来線特急が減り始めていた時期ですかね~それでも今よりは断然種類が多いですが……

ちなみに左手にうつっている583系(581系?)は、筆者が最も乗ってみたかった車両の一つです……。

 

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189系も現在では自走する走行シーンは見ることができませんね~

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日本特急旅行ゲーム。

こちら、日本特急旅行ゲームは1979年に発売されたボードゲームなんだそう。

人生ゲームみたいな要領だったようですが、時刻表を見て特急券を使って旅行するとか何とか……

筆者はプレイしたことはございません……。

 

0番線側にも駅そばがあって、つゆも蕎麦も同じものを使用しているんですが、駅そばを愛する方々は「6番線の方が美味しい」というご意見も多いらしいです。

おそらくこのお店の雰囲気の良さを感じているのかもしれません。

  

松本駅は6,7番線だけ離れた場所に…

松本駅では0番線ホームと6番線ホームの2店舗、駅そばが営業していました。

今回閉店するのは6番線ホームの駅そばです。

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松本駅6番線にあった駅そば。

ところで、松本駅6番線は大糸線、7番線は松本電鉄線の発着に使用されます。

駅構内の跨線橋から見ても、6,7番線は篠ノ井線のホーム(0~5番線)からはずいぶんと離れた位置にあることが分かります。

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画面左手の脇が6,7番線。右手が4,5番線。

構内図をご覧になるとさらに分かるかもしれません。

www.jreast.co.jp

 

7番線は私鉄である松本電鉄上高地線の専用ホームとなっているので、離れていても「会社違うからな~」と納得できますが、6番線は大糸線…JRの路線です。

実は大糸線もかつては私鉄「信濃鉄道」(現しなの鉄道とは全く関係ない)として走っていたという歴史があって、この構造は当時のまま変わっていないのかもしれません。

 

と思いまして、戦後からしか分かりませんが、空中写真で遡れるだけ見てみますと…

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松本駅の空中写真。路線の形状はほとんど変わっていないと思われる。

1947年時点では大糸線はすでに国有化されていますが、当時から現在までほぼ駅のホームの構造は変わっていないように見えます。

 

そもそも「大糸線」の「大」は信濃大町の「大」、「糸」は糸魚川から来ています。

これも松本ー信濃大町間は別会社だった頃の名残ですね……

 

信濃大町以北は国鉄によって建設され、大町以南の信濃鉄道の区間も1937年に国有化されます。

全線開業時に大町以北を国鉄が建設した時の名前をそのまま採用したことからこの名前のまま、残っているのです。

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大糸線が全線開通するまでは実はかなりの時間がかかったのですが、それはまた別のお話。

 

だいぶ話が脱線しましたが、つまり6番線は松本駅の中ではかなり端に位置していて、行動経路として利用が限られてしまうという現状がありました。

 

また、駅そば店舗がここのホームの駅そばの営業は日中に限られていました(10:00~16:00)。

朝も夜もほぼ営業していなかったんですよね~

 

大糸線・松本電鉄は共に松本盆地内の通勤通学利用が多いので、平日の朝晩は6,7番線は大混雑します。

ホームのスペースが狭いこともあり、人がごった返す時間は営業できなかったのではないか?と筆者は推測しています。

 

この時代で旅行者が減ったことが閉店の直接的な原因だったようですが、以前から利用客が減少していたとのことで、仕方のない部分があったのかもしれません。

 

今後の駅そばは0・1番線へ

「松本駅から駅そばが消える」というわけではありません。

以前から営業を続けている0・1番線側の駅そば「山野草」では6番線側と同じく、本格派のリーズナブルな蕎麦を楽しむことができます。

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秋にはきのこ玉子そばもおすすめ。

こちらは営業時間も長く、7:10~19:10。

朝にも夜にもお酒の後にも、軽く1杯の蕎麦をいただけます。

松本駅にお立ち寄りの際はぜひ駅そばにも!

 

tabelog.com

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松本駅1番線。篠ノ井線の塩尻方面の列車が発着することが多い。

 

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【大正12年建築】川岸駅の屋根と待合室、建替え前最後の姿を見る

開業当時のホーム屋根が現存していた川岸駅

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中央本線にはみどり湖経由の新線が開業する前、別のルートが使われていました。

「大八廻り」と呼ばれる、岡谷から辰野を経て善知鳥峠というなだらかな峠を越えて塩尻へと向かう、少し遠回りなルートです。

 

川岸駅はこの「大八廻り」の途中に存在するこじんまりとした駅です。

開業当時の雰囲気をそのまま残していることから、映画のロケなどにも使われました。

しかし2020年9月に老朽化のため、ホーム屋根と待合室を建て替えることになりました。

 

今回は隠れた美しい駅、「川岸駅」の魅力と工事前最後の姿をお届けします!

 

 

川岸駅は「大八廻り」の途中駅

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「大八廻り」は中央本線の旧メインルート。川岸駅はそのルートの途中駅である。

岡谷から先、中央本線は長大トンネルを進むみどり湖駅経由の現在のメインルートと、辰野駅を経由する旧メインルートに分岐します。

川岸駅は岡谷駅の一つ隣の駅ですが、メインルートだった頃も特急列車もが止まらなかった、いわゆるローカル線の小さな駅です。

 

特急列車だけではなく、現在の中央本線の普通列車のほとんども長大トンネルを通る新ルートを走行するようになったため、旧メインルートは廃れて……

と言いたいところですが、辰野駅という途中駅が飯田線との接続駅となっているため、意外と多くの列車がこの川岸駅にやって来ます

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朝ラッシュ時には1時間に3本の列車が発着する。意外と本数が多い。

ほとんどの列車が辰野から飯田線に直通しするため、川岸駅はJR東日本の駅であるのにも関わらず、大多数はJR東海の車両が発着します。

駅の表示板などはJR東日本っぽいけれど、車両はJR東海…なんとも不思議な光景かもしれません。

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辰野駅に停車する313系。JR東日本の駅であるが、発着する車両はJR東海のものがほとんど。

天竜川のほとり、木造の屋根

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奥に見える川は天竜川。木造の味のあるホーム屋根が印象的。

川岸駅は1面2線のこじんまりとした駅です。

駅本屋から跨線橋を渡って島式ホームへと至る構造になっています。

天竜川の脇にあって木造の屋根の雰囲気の良い感じですが、ちょっと串刺しの架線柱が残念…

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川岸駅のホーム。屋根は開業当時のまま使われているという。

かつてはおそらく跨線橋はなく、構内踏切のような何かでわたっていたのではないかと考えられます。

ホーム側には「左右指差確認」と書かれている看板があって、ここを降りて直接駅舎へ向かっていたのかもしれません。

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ホーム側に残る看板と構内踏切跡(?)

跨線橋を降りてみると「おお、これは古い」と思わせる造りです。

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木造のホーム屋根は柱の薄紫色のデザインが印象的。

見上げると骨組みの美しさがうかがえます。

柱と屋根を支える接合部分、こういう造りの駅はなかなか少なくなってきています。

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屋根を支える木の柱が美しい。

 

上諏訪方面のホームからも天竜川をのぞむことができます。

生まれ育った駅ではないけれど、何だろうこの落ち着く感じは……

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上諏訪方面のホームからは天竜川を見ることができる。

屋根があるのはおそらく1~2両分で、ホームの端から屋根を見てみると…

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開業当時から使われていることがうかがえる見た目。老朽化は否めないけれど…

おお、こちらも絵になる見た目ですね~

日が当たるからなのか、一番端の柱が一番ダメージを受けているようにも見えました。

待合室の雰囲気も良い

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待合室。

ホーム中央部にある待合室

簡素な造りのようですが細部まで見るとこちらもかなり前から存在しているような雰囲気があります。

 

なんとサッシが木のまま!

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待合室のサッシ。

中に入ると、長めのベンチが4つつけられています。

もちろんこちらのベンチも木造。

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4隅にベンチがついている。

座ってみるとこれまた良い風景。

空想の世界で色々な物語を描けそうな気がします。

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こんな雰囲気なら永遠に待てる…と言いたいところですが、直に木なので結構お尻が痛くなるのが難しいところ。

 

ふと見上げるとなんと照明がLED化されています…変なところ近代化してますね~

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この待合室も今後建て替えの予定なので、お越しになる場合はお早めをおすすめします。

 

駅舎も観察!

一度ホームを出まして、駅舎の方を見てみます。

こちらは今のところ建て替えの予定はないようです。

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川岸駅の正面。赤い丸ポストが印象的。

駅前の丸ポストにも目が行きますが、花も植えられていていいですね~

こういう無人駅であっても花が植えられていると華やかに見える感じがあります。

 

中に入ると、有人駅だった頃から多分窓口を埋めただけ…のような造りになっています。

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駅舎の中。意外と広いスペースがある。

この駅が無人化されたのは1984年とずいぶん前。

それ以来、住民の方に支えられてこの駅は綺麗に保たれているようです。

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駅ノートも設置されている。

旧窓口付近には駅ノートが設置されていました。

筆者もメッセージを残しましたが、美しい絵をお描きになっている方もちらほら。

パトロールの方が定期的に見てくださっているようで、活動報告なども記載されていました。

 

遠くからきた方、18きっぷでたまたま降りられた方、地元の方など多くの人々に愛されていることが伝わってきます。

 

比較的中規模な駅舎ですが、入口の隣にもゲートが…

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かつて荷物扱いもあったのかもしれません。

 

屋根工事は9月9日から、待合室は21年1月から

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工事を示す張り紙。

良い味を醸し出している川岸駅ですが、2020年9月から順次建て替え工事を行うようで、現在のホーム屋根は約1世紀の活躍に幕を下ろすことになります。

 

残念ですが「この駅はまだ維持管理し続けていく」という考えの現れだと、ポジティブに受け取る必要もあるかもしれません。

なんとなく心が落ち着く川岸駅の魅力、通りかかった際にちょっと感じてみてはいかかでしょうか?

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駅舎よりは新しいと思われる跨線橋にはレールが再利用されている。

 

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